1 自分に適した仕事
先日、作家塩野七生氏と母校学習院の高校生とのディスカッションの放映番組があり、80歳を超えた氏が、遥々イタリアから帰国し参加された。その中で、最近の若年層の短年での転職の傾向を憂う発言があった。「自分に合わない」という理由の転職である。20代や30代でも、ましてや勤めて2、3年で「自分に適した仕事」などというものが分かろうはずは無い。その仕事にある期間従事し成功と挫折を経験し、「ある免疫力」をつけながら専門性を磨く事が肝要である、との言葉が印象的だった。
私は、長年人の仕事のご縁を取り持つ仕事をして、若年層の転職傾向がとても気になっており、また、その傾向を助長しているかの様な最近の転職に関するTVやつり革広告をみて、人材業界の人間として大変残念な想いを抱いている。
2 然るべき専門性を培う。
まず第一に、クライアントは候補者の培われた専門性やマネジメント力が企業の求人に沿っている理由で人を採用する。少なくも入社後数年以内の人々に卓越した専門性が宿る可能性は低い。
第二に、候補者の専門性も、培われた専門性が自社以外他の企業でやはり有効性があると実証されて(これをProven Skillと呼ぶ)初めて、世間に通用する専門性と言える。従って、然るべき専門性をつけるための修業途上にある方々の邪魔をしてはいけない。
3 専門性とは何か?
専門性には、「業務上の専門性」(経理、広報、マーケティング、IT、M&A、法務、営業、サービスなど)と、「汎用スキルの専門性」(ビジネスプラン作成、プロジェクトマネジメント、リーダーシップ、業務改革[BPR]、チームマネジメント、部下育成など)に大きく2分される。どちらのスキルも重要で、そのバランスが重要だ。一般的には、加齢につれて後者の比率が高くなってゆくのが自然である。マネジメントになると、それに「利益責任」が加わる。目標を設定し、実行プランを企画し、チームをまとめ実践し、結果を出す。結果が出なければ責任を取る、という経営者予備軍としての訓練を積むことになる。
4 専門性を培う為の期間
では、その専門性が培われるのにある一定の期間を要するのは何故か?私見だが、多くの方々のキャリア形成を見てきて、業務上の専門性に最低5年、汎用スキルの専門性に最低5年、合計10年。Proven Skillを獲得したり、マネジメント能力を高めるとなると、あと3〜5年程度は必要だ。合計13〜15年に及ぶが、その後の長い仕事人生を考えると、費やす価値のある期間である。そういう理由で、若年層の早期の転職はお勧め出来ない。
今後5年から10年以内に、業務上のスキルは、テクノロジーの発展により、「高度でない定型的業務」はAIに代替され、「より高度な非定型的な仕事」を人間が担う方向性である、と言われる。但し、汎用スキルの専門性はAIで代替しにくい為、そのスキルの高さもより問われる時代になるだろう。また、SDGsの世界的な推進が各企業で顕著であり、より社会貢献度の高い仕事への専門性のニーズも高まると予測される。
5 外部からの影響で、自分のキャリアを棒に振ることはない。
昨今の世情として、パワハラ、モラハラなどと言う言葉が一人歩きしている。もともと欧州の発想を借りて、例外なくそれを糾弾する様な風潮がある。それを理由に転職を繰り返す若者も多いと聞く。 若年層からすれば、2000年の日本の歴史の中でも稀な高度成長期数十年を主体として過ごして来た団塊世代や、これと言った成功体験の無い40代、50代のおじさん達に高圧的に言われたくないだろう。
ただ、だからと言って、若者達に専門性を磨いたり、仕事を通しての教養を積んだり、人間性を磨く重要性が減ずる訳では決してなく、「ある仕事を通して培う専門性」が必須だと言う事実は何ら変わらない。入社10年間で何社も転職し、専門性がつかず、それを身に付ける為の「耐性」の無い人材を厚遇する企業は無い。これが前述の塩野氏の言う「免疫力」に他ならない。
6 若年候補者の過小評価は特に問題である。
就業率の向上の為、ハローワークの外部委託先として始まった登録型リクルーターの存在価値は周知である。しかし、強い転職動機を持つ方々ではなく、もし今以上に良い機会があれば、という方々に対しても、リクルーターが転職を煽る様な傾向はいただけない。最近のマスコミにも見識が無いと思う。その対象が若年層の場合、その候補者のキャリア形成を大きく損ねる可能性があり、我々としては非常に気になるところである。最近は、リクルーター側も若年層が多く社会経験が浅い方々も多い。リクルーターはクライアントの求める求人仕様に合う、合わないというシンプルな事柄を、また候補者存在そのものを過大評価や過小評価したりしてしまうリスクがある。我々も殊に気をつけねばならない。
問題なのは後者である。不合格となる若年候補者には、求人仕様にマッチしないケースが多いのだが、それはその候補者の本来の価値を減ずるものではない。ただ、現在保持するスキルの切り売りをし、何社か不合格の経験が連続すると、本来これから保持するであろう大きなポテンシャルに目を向けずに、自己を過小評価してしまうリスクがある。これは深刻な問題で、大きなチャレンジが出来なくなってしまう。特に、少子高齢化が進行するわが国にとって大きな損失である。
若年層の方々には、まだ「弓を引き力を溜めている段階」での安易な転職は謹んで頂くよう望みたい。
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