1. 顔には違いがある。
人も、動物も、昆虫も、顔を持っているが、人ほど顔が異なる動物はいない。他の動物はかなり注意をしないと違いが分からない。昆虫に至っては全く分からない。何故、これほど人の顔には違いがあるのだろう、と以前から不思議に思っていた。皆、目と耳は二つ、鼻と口は一つずつ、ほぼ同じところに付いている単純構成なのにである。
これは個体識別の問題だが、サルはサルの、ペンギンはペンギンの種別内では、個体識別は出来ているらしい。但し、人は視覚優位の動物で、他の動物は、視覚以外の聴覚、嗅覚、触覚などを瞬時に総動員して識別する。人は社会的動物として、個体識別の必要性が種の保存機能以外にも多岐にわたる為、顔で簡単に識別できる様進化したのかも知れない。それにしても、人の顔は違ってみえるのだ。
2. 自然の造形物のバランス
絵の下手な私が顔をデッサンしてみると、なかなか対象に似てこないのだが、ある時点から急にその人に似てくる瞬間がある。鼻や口や目などの部位よりも、全体のバランスと骨格を描くことが大切で、特に骨格は顔の方向性を決定させている。顎を形成している骨格が鼻とどう融合し、頬骨に連携して頭蓋骨に流れて行くか?その結果として、口元から鼻筋、さらに眉毛、額に繋がってゆくラインをどう描くかがポイントなのではないか、と思っている。頬骨、顎の構えを含め顔の輪郭は、その人の意志の強さを表している様に思える。かつてダ・ヴィンチが人の骨格や筋肉の構造を解剖したのも合点がゆく。
自然の造形物と言うものは、一般で言う顔の美醜とは別に、絶妙なバランスが既にとれているものだ。従って、デッサンでそのバランスを崩してしまうと、全く似なくなる。美容整形が盛んだが、人の賢しらな基準で目や鼻を美しくしたところで、顔全体の絶妙なバランスが崩れてしまうリスクがある。昔、ヒッチコックの「顔」と言うスリラー映画があつたが、顔半分が別の顔を持った人がひたすら正面から見られるのを恐れた物語だった。顔のアンバランスは大変怖いものなのだ。また、中高年や女優さんの中にはシワを延ばす美容整形が流行っていると聞く。喜怒哀楽の表情が強張ってしまい、自然のバランスを崩してしまっているのは残念なことである。欧州ではパートナーの皺を可愛いね、と褒める文化があると言う。美しく老ける事に価値を置いているのだ。文化の熟成を感じさせるエピソードである。
3. 顔の造作よりキャラクター。
私どもは日々新たな方々と会い、面談することが多く、ある意味特殊な職業である。その中でその人の顔と人品の関係性にはどうしても向き合わざるを得ない事情がある。男子人40歳を超えたら、自分の顔に責任を持て、などと言われたものだが、最近は、50歳を超えたら、に読み換える必要があるのではないかと思う。人生60年時代とは大きく事情が異なって来ている。また、人の幼稚化も同時進行しているのではないか?と思う。なかなか一人前の大人の顔になれない時代である。
顔は人の第一印象を決定する大きな要因ではあるが、実は、人の印象は、顔の造作よりも全体的な印象、センス、その人の声色、言葉遣いや所作に依るところが大きい。勿論、話し言葉の内容は重要ではあるが、同じ内容でも、発せられる人のキャラクター、声色、滑舌や語り口により、伝わる度合いが大きく異なってしまう。世のリーダー達は心して置かねばならない。政治やビシネス、芸能方面で名を馳せた方々を想像すると分かり易い。吉田茂、チャーチル、土光敏夫、本田宗一郎、俳優なら、スペンサー・トレーシー、ダスティン・ホフマン、カトリーヌ・ドヌーブ、森繁久彌、滝沢修、宇野重吉、若山富三郎、など、喋り始めると途端にその人である事が明瞭である。今時で考えると、奥田瑛二、真田広之、佐藤浩市、長山藍子、池内淳子、余貴美子、など、ミドルからシニアの渋い性格俳優が思い浮かぶが、自分の型を獲得するにはそれなりの時間が必要なので致し方あるまい。皆さん、顔の造作よりキャラクターが突出している。
4. 時を経て方向性を持つ。
そう考えて、自分の顔を改めて観察してみると、造作的にはイマイチではあるが、生き方やキャラクターなどでカバーして何とかものにせねばならない対象として、愛着を感じて来るのは不思議である。この様な事は若い時分には想像も出来なかった。
興味深いのは、人の顔は時を経てある方向性に変化してゆく、と言う事である。方向性とは、その人の信条、生き方、優しさ、強さ、無念さ、思想性などと、その人の経てきた人生が混じり合って反映されて来るという意味だ。これは考えてみると恐ろしいことだ。
人生の昇り竜に差し掛かる人、絶頂期にある人、下り坂にある人、そこから、もう一度チャレンジして自身を鍛えている人、職業柄さまざまな人の顔の変化を拝見して来た。身体の中で唯一外に晒されていて隠しようがない。顔とは何か?興味の尽きない対象である。
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