あまり激しいと大人気ないが、誰にでも好き嫌いはある。考えてみれば、好き嫌いとは不思議な感情である。
人生のさまざまな局面で、人はこの感情から逃れることができない。少なくとも「好み」には縛られる。生まれ育った家庭環境、時代や年代、仕事や友達関係、男女関係、社会的な地位などにも影響されるのかもしれない。
1 自分を自分たらしめるもの
脳では「偏桃体(へんとうたい)」という部位が情動、喜怒哀楽といった根源的な感情(好嫌、快不快の判断)を司ることが知られている。多くの人が苦手なもの(例えばヘビや高所など)には本能的に恐怖を感じるメカニズムがあるのだろう。
では、なぜ「好み」は生まれるのか? そして、そこに「個人差」が生じるのだろうか。好みの合う男女を結びつける種の保存のためか? 免疫のように個人を個人たらしめるもの、それぞれの個性を形作るコアエッセンスなのか。大いなる自然の真意は分からない。ただ、重要な意味を持つことは間違いないだろう。
免疫は、最近急速に研究が進む分野だそうだ。体内に進入する異物を検知し、それを排除する機能はよく知られている。それ以上に、個体を個体たらしめているこの免疫の原理が、個性ある生命を誕生させたり、成長させたり、病気を誘発したり、死に至らしめたりするところまで影響するという。生命の根幹的な原理を司っている可能性が見えてきているようだ。
まさに体内は神秘の小宇宙であり、かなり高度な複雑系である。だから自分を自分たらしめる「好き嫌い」も、もっと深遠な意味を持つのではないだろうか? と私は疑っているのである。
2 「好き嫌い」の呪縛
物事や人に対する反応、行動パターン、環境変化への対応の仕方などを含め、あらゆるところに「好み」が生まれ、「性格」が形成されていく。これを生涯引きずるのである。芥川龍之介が「運命は、その人の性格の中にある」と見抜いたのは卓見だ。
何もそこまで好き嫌いを発揮せずとも楽に生きられたのに・・・という事柄が、人生のそこかしこにころがっている。つくづく「こうとしか生きられない自分を生きている」のだなぁと思う。
さまざまな要素が輻輳し、複雑に絡み合い、多くの情報が得られる現代。なのに、人は結局のところ、自分自身の生き方を「好き嫌い」に縛られているように思えて仕方ない。
その好き嫌いの対象は、衣食住、人、人の行動や言動、生き方や思想、趣味、文化・芸能、スポーツ、など広範に及ぶ。その対象について知り、冷静に考えれば素晴らしいと思えるようなものであっても、「嫌いなものは嫌い」という感情が働く。逆に他人の評価はどうであれ「好きなものは好き」なのである。理屈をはるかに超えているところが面白い。
従来、そんな個人的な好き嫌いは“我儘(わがまま)”だと窘(たしな)められたものである。ただ、この「好き嫌い」にも、本来意味があるものと捉えると非常に興味深いものだ。
3 答えは自分の中にある
私は仕事上、人生の岐路に立つ多くの方々と対面する。今の環境に留まるか、外に出るか? この先10年間、どんな方向性で仕事を選んだら納得のゆくキャリアになるのか? 悩みは深いように見える。
そんな時は、いつも「自分の好き嫌いで決めたらいかがですか?」と言い放ちたい誘惑に駆られる。
ある会社について多面的な情報を得て、数人の経営幹部と会い、担当する仕事の分野を想像する中で、情報をまとめて全体像を俯瞰してみる。そして心に手を当てて、その中で働いている自分が「好きか嫌いか?」を問うのである。
何かいやだな、と感じれば止めれば良いし、良い勢い(momentum)を感じれば決断すればよい、という意味だ。
60才を過ぎれば、人にさえ迷惑をかけなければ、あまり細かいことにはチマチマせず、好き嫌いに従って生きればよい、という考え方もある。例えば、かつての「意地悪婆さん」のような生き方も悪くない。憧れてしまう部分があるのは、そこに「精神の自由」を感ずるからだろう。
では、思いつくままに私の好き嫌いを列挙してみよう。「好き嫌い」の対象はあらゆる範囲に及ぶ。実体のあるもの、概念的なもの。そこに普遍的な共通性を見出せるだろうか。その中に、何か深遠なるものは潜んでいるのだろうか。
・好きなこと、もの:
読書。ドライブ。食後のコーヒー時の一服。職人技が見えるカウンターでの食事。ロードバイクの下り坂。美しいローファー。美しい車。coupé(クーペ)。現場で事実ベースで考える。物事のEnd to Endを体験する。手作りの旬な食材を食べること。整理整頓し、風通しを良くする人。ものを書く。道具を磨く。1人旅。素振りをする。矜恃を持つ。自ら損な役割に甘んずる事ができること。人を育て自分も学ぶ姿勢。常識に囚われぬ独自の価値観を持つ。人の役に立つ道具になる。スキルの鍛錬をし続ける人。散歩をしながら考える。1日1回感動する。食を大切にする。シャンパンと光りものの刺身。鍋の後のおじや。静かなスコッチバー。昼寝。75歳まで元気に働く。上海焼きそば。健康な色気を保つ。出入りを良くする。代謝を高める。平日にゴルフに出かける。ものの構造をよく観察する。志を高く持つ。
・嫌いなこと、もの:
金のために働く。出たとこ勝負。ショートパット。スマホの片手打ち。Facebookの居場所スタンプ。パーティーでのネットワーキング。コンビニ弁当。濃いシールドを貼ったワンボックスカー。満員電車。連休の車渋滞。何事も面倒くさがる人。ブランド志向が過ぎること。人材を左から右へ動かしお金を得ること。顧客に価値を提供しないで給料を得ること。ヘッジファンド。人のふんどしで相撲をとること。レトルト食品。何事も損得で判断すること。全てに代償を求める人。ドタキャン。人の時間を尊重しないこと。何事も他人事である人。周囲に無頓着な人。スーツに白い靴下。ボランティアのフリをすること。
あなたもぜひ一度試してみてほしい。あらゆる対象について好き嫌いを自覚することは、自分自身を知るための作業だ。
個性的に生きている人は独特の存在感があるものだ。自分が自分らしくある、自分を最大限に発揮するために我々は生きている。そのような個性的な人生を締め括りたいものだ。そのためにも、自分の好き嫌いをさらに磨いてゆきたいと思う。
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