整理整頓が苦手な私に1つの課題が与えられた。
「毎晩、仕事場を離れる時、机の上に物を置かない」という課題である。やってみると分かるのだが、どんどん増える机上の資料の保管とその量的な管理、それをまたすぐ引き出せるように固定の場所を決めてヘダーをつけるなど頭を使う必要がある。この単純な課題を達成するにも工夫が必要で、あらゆる整理整頓の端緒となる。これが、ミニドリルの一例である。
「やらねばならぬ」と分かっていても、長年親しんだ環境を変え、新しいことにチャレンジすることは難しいものだ。そのきっかけを作ってくれるものがミニドリルである。
ミニドリルとは、ある技術やスキルを磨くために、簡単な反復練習により自分の弱点を矯正し、強みをさらに強化することができるドリルのことだ。応急処置とは異なる。もっと根本的なものである。適切な日本語が見当たらないのだが、この基礎訓練が、結果として時に大改革につながることもある。
1 大きな変化をもたらす小さな一歩
もう1つ例を挙げよう。今年のヨネックスレディスゴルフトーナメントで9年ぶりの優勝を果たした大山志保プロは、38歳にしてショットの正確性、飛距離がまた伸び始めたという。その陰には二軸打法から一軸打法への大変更が大きく影響しているらしい。
二軸から一軸への変更というのは、ゴルフスウィングのテークバックで右への軸ぶれを防ぐため、右足のかかとを常に上げてスウィングする方法だ。これはゴルファーにとって根本的で重大な変化なのだが、長年続けてきた技法を変えるのは容易なことではない。
この際に効果的なミニドリルがあると、それを繰り返し反復練習することで自らの欠点を矯正しながら新しい技術全体をマスターする大きなきっかけとなる。やらねばならないと分かっていても、最初の一歩がなかなか踏み出せないケースは多いだろう。ミニドリルは、その最初の一歩になるのだ。
前述の右足のかかとを地面から浮かせたままでスイングするドリルは、私のゴルフもより深めてくれた。大袈裟な物言いで面映ゆいが、そのような感覚が得られた。一旦バックスウィングで右に体重移動したものを、インパクトで左に戻すこと(二軸打法)から、一軸打法への変更の影響はそれほど衝撃的だった。パターからドライバーまでの全てのクラブに本来の仕事をさせる特効薬だったからである。問題は、良いと分かっていても、それを徹底的な体に覚えこます具体的な方法が分からなかったことだった。
2 「型→量→質」の鉄則
エグゼクティブリサーチを行う我々の仕事にとって、最も本質的なことは、「人に会う」ことである。クライアントとも、候補者とも、ネットワーキングのある人々とも、「常にフレッシュな気持ちで会う」という反復がミニドリルとなる。
この際、気をつけなければならないポイントがある。まずは「型」を身に付け「量」をこなし、その後で「質」の向上を求めるという点だ。この順序を逆にすると、結果として縮小均衡に陥る。発想の広がりや発見につながらないのである。
これはさまざまなスキル向上に関わるものに共通の現象かと推察する。「型→量→質」である。
ミニドリルは時に破壊的とも言える威力を発揮するが、本質的な型をどう抜き出すか、これが重要だ。その型を反復練習することで改善する糸口を掴む。抽出するもののピントがずれていると、それを反復練習するので効果がないばかりか、変な癖がついてしまい成長を妨げてしまうことが多い。その物事を成就する上でコアとなる根幹的なスキルを抽出し、それをデフォルメして簡単なミニドリルに変換してやる必要がある。
3 本質的な「型」を設ける
先程の「人に会う」という課題の中で候補者に会うことを想定してみよう。その本質は、既成の概念(レジメ上のキャリア、企業名や役職や年収や評判など)に捉われず、虚心坦懐にその人物をみて実像に迫るということだ。
このために我々はFact based Interview(FBI)に集中するようにしている。こうしたかった、これからこうしたいと言う本人の反省や願望を聞きがちだが、心を鬼にして、過去の事実(どう考え、どう行動したか?)に集中する。これが「型」である。
このFBIの実行には訓練が必要だが、事実を聞き出すことに成功すると、その方の人物像が浮き上がってくる。なぜなら、良いこと、悪いことを含め、過去の事実(その時々の意思決定とその結果)の積み重ねでしか、現在の立場やスキルやノウハウ、ひいては人物像は説明できないからである。
夢や希望やビジョンというソフト面は大切だ。ただ、過去の事実のハード面をがっちり固めた上でないと荒唐無稽なものになってしまう。したがって、人に会ってインタビューする際の我々のミニドリルは、人を過大評価・過小評価せず、事実に即した等身大の人物像を引き出す訓練を積むことにある。
4 ミニドリル実践のコツ~英会話を例に
こう考えてみるとミニドリルの応用を考えるのは楽しいものだ。ミニドリルは特にスポーツ分野ではかなり一般的になりつつあるが、英会話上達のミニドリル、新規顧客開拓のミニドリル、接客業のミニドリル、ピープルマネジメントのミニドリル、効果的なプレゼンのミニドリル、次々に思い浮かぶ。
ミニドリルの話から連想されること、それは、人はそれぞれの分野で能力を発揮するが「一流と二流との差は僅かである」ということだ。能力差というよりは、その専門性を磨く「訓練の仕方」に差が出る。また専門性を「追求する意欲」、すなわち「集中度」にも大きく左右されるということである。その技術や専門性のエッセンスを抽出し、反復訓練に集中することで小さなブレークスルーを起こす原動力、これがミニドリルなのである。
では、最後に英会話の上達のミニドリルは何か?
始める段階のレベルにもよるのだが、まず、有効な「型」となるのは易しい教材の反復練習である。自分の実力よりも少し易しい教材を選ぶのがコツだ。これは道具を使う時の鉄則だ。自分の実力よりも少し上位の教材を選びがちな人が多いので注意が必要である。
「量」としては、最初の300時間をどの程度の期間で通過できるか? これが最初の関門となる。この期間の集中がまず決定的に重要だ。理想的には3カ月といわれている。これは1日3時間、3カ月で270時間なので、それ以上の集中が必要ということを示唆している。この蓄積が次のブレークスルーを生む。TOEICのスコアが100点以上アップしたり、ネイティヴスピーカーの話す内容が7割程度聞こえてくる瞬間である。
週末など週1回程度、英会話スクールに通ってもなかなか上達しないのは、ある短期間に必要な蓄積ができていないからだ。なーんだ、そういうことか! と思えるだろう。毎日の3時間の勉強内容は、読む、聞く、話す、書く要素を混合して自分なりのメニューを作る。
巷に教材はあふれているので逆に選択が大変だが、現代の英語として通用する平易なものを選び、その教材から浮気しないこと、これがコツである。昔の人は教材の選択肢がごく限られていた。中学校の教科書を何百編も読み諳んじた、というのは、考えてみれば合理的な教材を使い徹底的に諳んずる、という効果的なミニドリルを実践していたわけである。
「型」「量」と来たので、最後は「質」だ。特に会話を苦手とする人には、あるテーマについて3分ほど「しゃべり続ける」ドリルが効果的だ。最初は作文して何回も読むことから始めていく。これを繰り返し、ある程度できるようになってきたら、次は「パッと思い付いたことを、すぐしゃべり始める」訓練が効果的だ。「会話」とは本来そういうものだからだ。最初の実践はとても勇気がいる。しかし起承転結を考え、適切なエピソードを交えながら3分間しゃべり続けることができるようになったら、もうしめたものである。
ミニドリルという考え方は実に奥が深い。型→量→質という順序を守れば誰でもブレークスルーに巡り合うチャンスがある。諸兄も独自のミニドリルを開発して、さままな分野でブレークスルーを起こされることを願っている
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