直近の目標なり目的があるとする。一旦直近の目的を諦め、その先の本質的な目標なりに標準を合わせることで、おのずから直近の目標をクリアすると同時に、それを大きく凌駕したものまでも達成してしまうことがある。願望する直近の目的が切実なほど、それ自体を追いかけ過ぎるのは得策とは言えない。判り易い例を挙げてみよう。
ゴルフの岡本綾子選手がまだ現役の頃、国内の賞金王をひっさげて米国LPGAに挑戦していた時期がある。ソフトボール仕込みの飛ばし屋で鳴らした彼女も、熾烈な米国女子ゴルフ界では普通の飛距離である。もっと飛ばそうとスイングを改造し努力した。結果、勝てないばかりか腰痛の持病が悪化してしまった。腰の手術後彼女は観念し、飛距離を捨て常に「軽く、良いスイング」をする事に専念せざるを得なくなった。彼女の女子ゴルフ史上最も美しいと賞賛されるスイングはこうして誕生した、と言う。その後、どの様なシチュエーションでも、彼女の出来るベストなスウィングに集中する様になり、彼女の快進撃が始まったのである。その結果、ご存じの通り、米国LPGAの年間賞金女王、またゴルフ殿堂入りを果たした。米国LPGAで勝つことを目標に飛距離を伸ばしたかったのだが、その直近の目的(飛距離)を諦め、より深いところに目を向けることで、自ずから当初の目的を果たすばかりか、より高みに登りつめたのである。
これに類する事例を経験されている方は多いのではないか?この事はよく考えてみると示唆に富んでいる。直近の目的が努力に拘わらずなかなか達成できずに、デッドロックに陥っている多くの場合、「目標の設定の仕方に問題のあるケースが多い」という逆説な見方も出来る。より本質的に考えた場合、現在の直近の目的なり目標を諦めてみても、問題のないケースが多いのに、依怙地になって直近の目標に邁進してしまうのである。実は「到る道」は幾筋も用意されているのに、何らかの「大きな環境変化」や「偶然なる啓示」が無いと人はなかなかその事に気付かない。
直近の目標に迷いなく邁進している人は、基本的に真面目で努力家で人柄の良い人が多い。いつも思うのだが、真面目で努力家で人柄の良い人が、直近の間違った目標に対して一所懸命邁進しているのは、大変始末に悪いのである。これに他人も巻き込んでぐるぐる巻きになっている状態は傍迷惑でもある。自分がやっている事がベストだと思い込んでいる。・・・容赦がない。物事を複雑に多面的に見ることが出来ない。所謂、「恥じらい」というものが無く、気持ちの余裕の無いのが、人を追い詰め人の本来の力を発揮させない、という悪循環を生んでしまう。まさに若い時の自分を見るようだが(笑)、ある程度の人生の荒波に遭遇しそれを何とか乗り越えて見ると、「何をそんなに急いでいるんだ。少し立ち止まって原点を考えてみよう・・・」という事になるのである。また、100%正しいとか100%悪いとかはこの人間界には存在しないのだ、という事が判って来る。善も悪も渾然一体となって進まざるを得ないという事だ。
もう一つ、卑近な例だが、私はこのビジネスに13年間いて、何度か壁に当りそれを乗り越えたか?と思える経緯がある。始めて3年~4年経った頃、エグゼクティブ・サーチにも拘わらずミドル・ポジションから抜け出られず苦心していた時期があった。半期毎の売上額も序序に減ってくるのだ。同時に「何故この仕事を選んだのだろう?」という根本的な疑問も頭をもたげていた時期だった。当時フルコミッション制の給与体系の中で自分の食いぶちは自分で稼ぐのが慣習になっており、エクゼクティブ・ポジションに移行するという事はかなりのリスクを伴う。今までの自分の案件獲得手法、会う人のレベル、候補者と話す内容の質のレベル感、サーチ方法、コンサルティング・フィーの在り方、クロージング、年収その他もろもろ条件交渉など、ミドル・ポジションと比べ、ほとんど全体のプロセスを変えて行く事になる訳である。
半期毎に売上集計をする中で、一大決心し今半期は最初の3か月間を情報収集に徹底し、売上活動を中止しよう、と決断した。短期的な売上は諦め、この仕事に折角移ったからには、もう少し本質的な事を調べて戦略を立てようと思ったのである。「今の日本で40台で活躍しているエクゼクティブはどこに存在し、どう分布しているのか?」「何を尺度に優秀なエクゼクティブだと判断するのか?」「グローバル企業のエクゼクティブと比べ、日本のエクゼクティブの課題は何か?」など、社内外のグローバルに活躍している諸先輩の意見を参考にしながら、エクゼクティブの評価テンプレートを作り上げた。それが使い物になるかどうかは、実際に使って評価してみるしかない、と思い立ち、案件があるかないかに拘わらず、片端からトップマネジメントに会って行った。そして「40歳台の経営者分布及び質の評価とランク付け」のたたき台をつくる事になったのである。
「捨てる神あれば、拾う神あり」とは良く言ったものだ。不思議な事にエクゼクティブに関わる案件が増えだし、一気に情報収集し会って分類分けした経営者データベースから一人一人を当てはめていった。その半期はぎりぎり達成であったが、その翌半期には大幅に売上目標を凌駕するのみならず、象徴的な日本を代表する大型トップ案件2件とご縁があり、本格的なエクゼクティブサーチとして、再スタートを切るきっかけになったのである。そのテンプレートは10年近く経った今でも活用できる弊社のベース・テンプレートになっている。短期的な目標に拘泥することなく、より本質的な探究をせざるを得ない環境の中で、思わぬ形で大きく目標を凌駕するばかりか、本来の自分の生きる道を再発見することもある。
但し、10年近く経ってテンプレートはまだ使えるのだが、当時の40歳中盤のエクゼクティブの方々も50歳中盤から後半になってしまった。これはAging効果と言って、人生の一つの「旬の時期」を終えようとしている様に見える。しかしながら、人間「旬」である時期は限られているのに、それを過ぎた後の人生は意外にも長い。これは、「もう少し人生を勉強してこい!」と言われている様な気がする。その残りの壮年期をどう過ごすかで、または世の中にどう恩返しするかで、その人の人生にもう一つの厚みが加わり味わい深いものになるのだろう、と私は解釈している。
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