物事に打ちこんでみて、少し離れてみることで、新たに見えて来ることがある。
ある事情で3年間止めていたゴルフを、昨年末をもって再開した。当時習っていたレッスンプロに、「最近の下野さんの言う事は道理に叶っているし、少しゴルフが判って来たのかな?」と言われた。それまで四半世紀余りも続けてきた好きなものをぷっつりと止め、3年間はゴルフクラブを一度も握らなかった。さて、再開してみてゴルフというものの「本質的」なものが見えて来た様な気がするのである。皮肉なことだなと思う。
再開してみると、まず、気分がリフレッシュする。コースに行く浮き浮きした感じが蘇った。ゴルフウェアも様変わりしているので、昔のスタイルのウェアを今風に一新した。これ意外に重要な要素だ。(笑)外見からの内面へのモチベーションの連携である。3年間で自分も55歳の大台を超え当然ながら老けた訳だが、自分にとってはそれが良かったのかもしれない。「まだまだ若い者には負けない・・・」という拘りがなくなって来た。当たり前のことだが、やはりパワーでは負けるのである。それを自然と認められる様になった。現在の持てる力量の範囲でベストを尽くせばそれで良し、とす
る事が無理なく出来る様になって来たのではないか、という気がする。
他のスポーツとの大きな違いは、1ラウンドの中で考える時間が圧倒的に長いスポーツという点である。18ホール回って、実際にボールを打つ時間を累計すると、全体の時間の2%にも満たないのである。98%は考えている計算になる。これがメンタル・スポーツと言われる所以だ。自分のミスがすべて自分に跳ね返ってくる典型的なスポーツなので、あまり事実を注視し過ぎると本当に疲れてしまうのだ。不様な自分を「片目をつぶって、やり過ごして」ゆかないと、自分が嫌になって自滅する。何か仕事にも通じるのではなか・・・。
頭では判ったつもりになっていても、体で実行する事がなかなか難しい事は山ほどある。間を置いて、力みを無くしてやると、意外にもスムースに進む事があり、それは「何かを失ってみる」(例えば若さと体力)という事の見返りとして獲得するという複雑な要素がある様だ。
もう一つ、再開すると同時にある初心者のメンターをする役廻りとなった。基本を教えるのだが、最初が肝心と思い自分の習ったプロに指南を仰いだ。結果、その初心者のプロのレッスンに何回か立ち会ったのである。初心者に教えるレッスンを聞いていると、なんと不思議な事に自分のスウィングが良くなってきた。ゴルフに対する姿勢や考え方にも好影響があった。スウィング論よりももう少し大切な事が実は幾つもあることが、初心者レッスンを傍観することで身に沁みて判って来た。「ああ、昔の自分もまさにこうであったではないか・・・」という事が自分自身を鏡に写している様な効果で迫ってくるのである。
さて、いつもゴルフのエピソードで恐縮だが、「一旦、離れてみる」ことと、「初心者を教えている所を見る」ことの重要性を言いたいのである。
「一旦、離れてみる」という事は、一旦止めてみる、というのが今回の主旨だが、仕事を3年間ほど止めてみる事が許される方は極少数だろうから、現在置かれている自分の環境を変えてみる、という風に解釈してみる。社内外での転籍、転職など、取り巻く環境が変わってみて、「自分のコア」というものが認識できるという事がある。すなわち、今までの成功や失敗が、自分自身の能力に起因するものと、そうでないもの・・・(上司、部下、同僚、会社のブランド、その他環境要因などが考えられる、)に分けて比較的冷静に事態を観測できるのである。離れてみないと如何に自分が廻りに助けられてきたかが認識できない、というパターンが多いのだが・・・環境が変わってもやはり通用するものが、「自分のコア」なのである。渦中にいるとなかなか冷静に自分を見ることが出来ない。過大評価をしたり、過小評価をしたり、Neutralに自分の立ち位置を確認するという作業は意外に難しいものだ。間を置くことで、自分にとっての課題が熟成され、新しい環境になることで、誰に臆することなく、思い切って行動してみることが、好結果に繋がるのかもしれない。
もう一つ、「初心者を教えている所を見てわが身を振り返る」という点だが、ベテランが初心に帰って基礎からコーチについてみる事はよく見聞きする。しかし、初心者の教えられている光景を一からつぶさに見ることが、これほど啓発的だ、という点には今まで考えが及ばなかった。初心者が陥り易い様々な問題点があるとする。名コーチは、それらの根本原因となっていることを指摘することで、幾つかの問題点を同時にクリアしてゆく。また、それを反復練習するミニ・ドリルを授け、出来るまで次のステップには進ませないのである。初心者が判り易い順序で一つ一つ段階を経てクリアさせる事が出来るのである。物には順序があるという訳である。素人のコーチにはこれはかなり難しい。一度に何でもやらせようとさせてしまい、ある技術が固まって初めて次のステップにゆける・・・という因果関係がはっきりと認識出来ない為に、初心者を混乱させてしまう事が多いのだ。
実はほとんどのアベレージ・ゴルファーは、間違った基本部分をスウィングで修正しようとする。その間違った癖を練習場で厭きもせず、体に沁み込ませてしまう傾向が強い。これは仕事上で新人を育てる際も、誰かを新しい事にチャレンジさせる際にも、耳の痛い話である。プロの指摘する点は、基礎的な部分に集中している。アドレス、グリップ、スタンス、ボールの位置などである。要は、動かない部分なのだ。スウィングは3秒以内で終わってしまうので、その速さの中で幾つかの修正点を持っても、実際には対応出来ない。仕事でいうと、朝の出勤、身の廻りの整理、言葉づかい、机上での姿勢などだろうか?もう少し進めると、事前の準備、仕事の段取り、顧客への迅速な対応、仕事の報告と情報のシェア(コミュニケーション)などが該当する。
特に感心するのが、ミニ・ドリルである。仕事上でも効果的なミニ・ドリルを反復練習させる必要があるのではないか?型をつくるのである。それらは、先に書いた小脳から潜在意識に強固な仕組みとして記憶され、いざとなった時に思わぬ応用力を持って蘇るのである。ここでのポイントは、新人が育って行く様を中堅社員に「見せる習慣なり仕組みを作る」ことの重要性だ。「人の振りみてわが身を諭す」とはよく言ったものだ。
こんな基礎的なこと、何程のこともない・・・と思い込んでいる所にこそ、応用力の基礎が埋め込まれている。各人の能力の差も、煎じ詰めれば基礎力の差になるのかも知れない。
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