最近の人材育成セミナーやモチベーション論議の中に、「ちょっと違う」感を感じていて、この自分の考えが的を得ているかは心許ないが、敢えて披露しようと思う。これは経営人材あるいはリーダーの持つべき基本的資質でもあり、Going Concernとしての会社を「継続的に成長させてゆく」のが経営の大きな仕事の一つだとすると、組織論的な議論をする前に、その中に働いている個々人のモチベーションや育成が経営の基本的な仕事であるという見方も出来るのではないかと思う。
①「大きな夢を描く。」→②「当面目指すべき山を示す。」→③「実行計画を策定する。」→④「実行する中で過酷な現実と向き合い、自分達の立ち位置を確認する。」→⑤「それを克服する中で、歓喜と絶望の体験を共有する。」→⑥「全体プロセスをマネージする。」→⑦「プロジェクト・レビューをし、その次に活かす。」
私は、①~⑦の連続サイクルが個人、チーム、組織、会社の仕事の基本だと認識している。
逆に言うと、この様な環境を敢えて作ること、これがリーダー(経営)の仕事であると言っても良いと思う。如何に仕事が順調だとしても、この様な連続プロセスの中で、「共に育つ」事が欠落していると、これは何の為に仕事をしているのか?という本義的なものからは離れてしまう様な気がするのである。最近、よくオリンピックなどの代表スポーツ選手が、「楽しんで来ます!」という様な表現が大流行(おおはやり)であるが、それは人の想像を絶する過酷な状況に常に自分を追い込んで努力した結果、敢えて自分に余計なプレッシャーをかけまいとする心情の発露であり、単純に受け取ってはならない訳である。
さてその中でも特に重要なのは、上記④、⑤を共有体験する為の環境設定である。これこそがある一定以上の水準の人材のモチベーションや育成の源泉だと思う。「もし過酷な現実が無ければ作ってでも向き合わせる」というのが味噌である。これが出来ないリーダーは、優秀な部下から間違いなく馬鹿にされる。これだけやっているのに、皆意識が低いとかモチベーションが無いとか言うリーダーのほとんどに欠落しているのがこの観点である。元GEのジャック・ウェルチ氏がリーダーシップの特質の中で、「気迫。厳しい要求を突きつける能力。」という事を以前から指摘されているが、まさにこの点なのである。
ほとんどの人材にとって仕事への不満は、給与、待遇、ポジションなどでは決してなく、「過酷な現実に向き合いそれを乗り越える達成感の欠如」から来ているというのが私見である。
何故ならば、それが無いと、仕事を通じて「自己を成長させる事が出来ない」という事を潜在意識の深いところで実は痛感しているからである。「本人のフルの能力を発揮しても簡単に乗り越えられない壁をつくること。」これが重要である。例えば、本格的なチャンピオンコースにゴルフに出かけると、14本のクラブを駆使しないと簡単にコース攻略出来ない事を痛感する。距離もあやふやな簡単なコースで良いスコアを出して喜んでいてもスキルアップは覚束ないのだ。最近、若い方々の中に短期で転職を繰り返し、「自分探し」とかの気持ちの悪い表現が蔓延っていて気分が悪いが、何故気分が悪いかというと、「あたかも未熟な自分の中に眠るダイヤの輝石を誰かに発見してもらいたい」、という安易で人任せなニュアンスを感じ取ってしまうからである。どんな仕事であっても、前述の達成感があれば人はついて来る筈ではないのか?私はそんな極論を考えているのである。
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