私はこれまで16年以上にわたり内外資企業のエクゼクティブおよびシニア人材をサポートする中で、人材開発、タレントマネジメント、企業再生、組織改革などに関するさまざまなコンサルティング・テンプレートを開発してきた。
日々の面談の中で、我々は候補者やクライアントから「明日の経営者の資質とは?」と問われることが多い。
にわかには答えられない難問ではある。しかしさまざまな経営者と接してきた者として、分かりやすく具体的なアドバイスをする役割があると思っている。
そこで、「変わらないもの」「新しく身に着けるべきもの」に大別して、これから求められる経営者の資質について考えてみたい。
1 人の心を掴む、金を廻し成長する
まず「変わらないもの」とは何か。人を集め組織を作り、1プラス1が2以上の成果を挙げる、人のポテンシャルを最大化する、という点では「人身掌握の力」は必須で、これは昔から変わらない。項羽と劉邦の例を引くまでもなく、優秀だが人望のない経営者は短命である。
もう1つは、キャッシュを積み上げ、次の投資に結びつけ持続的に発展させるため、顧客にどのような価値をどのような形で提供し、どのように正当な対価を得るか? この「ビジネスモデル」(=お金を儲け成長させる仕組み)を時代の変遷を先取りして、打ち出し実行してゆく力である。
この分野は諸説あるとは思うが、「人心を掴む」「金を廻し成長し続ける」の2点は欠かすことのできない経営者の資質であろう。
あえてもう1つ挙げるとすれば、それぞれの施策に「優先順位を付け、その都度迅速に決断」し、その「結果責任を負う」能力だろうか?
経営者はどん詰まりなので、他責にすることができない役回りである。また、もたもたしていては機会損失してしまう。経営者があえて決断を遅らせるケースは時々存在するが、苛烈な決断を明日に持ち越さず日々決断してゆくのが、経営者の仕事である。
2 なぜ成長し続ける必要があるのか?
実のところ私は最近まで、経営者がなぜ企業を持続的に成長させなければならないのか、ピンとこなかった。なぜ、ある程度の利益を確保し、売上を維持する形態ではまずいのか? ということだ。
財務内容が良くても、成長し企業価値を高めていない企業は、買収されてしまうリスクがある。よくレバレッジが効いていない、と評価される企業だ。ただ、これは第二義的である。
企業のサイズや業種にもよるが、企業の中の新陳代謝や世代交代と密接に関係している。企業が成長しないと、若者たちに十分な昇進の機会を与えられず、次の世代の幹部を生み出し、人材の世代交代をさせることができない。これが第一義だ。
人材は機会と責任をタイムリーに与えられると成長し、それが果たせないと鬱屈するものだ。企業内の若い人材が成長しないと、企業の成長はおろか現状維持も難しくなってしまうのである。これは現代の日本社会全体に当てはまることかもしれない。
3 企業価値向上施策のグローバル展開力
さて、これからの日本の経営者に求められる能力の話に移るが、これは未来のことなので定見が無い。ただ、時代の変わり目に来ている実感はあり、経営者の資質も時代の変化に応じて「進化」してゆく必要がある。進化できないものは淘汰されてゆく。
この時代の変わり目において「新しく身につけるべきもの」、それを一言で表現すると、企業価値を高めるための施策をグローバルに展開する力である。
具体的には、まず貸借対照表(B/S)側の「財務・資本戦略」と「投資・資産戦略」、損益計算書(P/L)側の「コスト削減」および「売上増大戦略」の4象限をあるレベルの深さで理解すること。
その経営の4象限を駆使し施策をグローバルに展開することで、持続的成長と企業価値の向上を担保する能力、と言ったらいいだろうか。それにIT技術が経営にもたらすインパクトを熟知していれば言うことはない。
4 環境変化に応じて企業が成長するには
従来、ここまでグローバル化が進行する以前には、日本市場という大市場における組織的な成長を達成することで間に合っており、経営者は特にP/Lを中心にコスト削減と売上増大に腐心していれば事足りた。B/S側は経理財務担当役員に任せておけば良かったのである。
ところが、少子高齢化社会が本格化し、新しい海外市場に打って出ないと組織的な成長だけではグローバル競争のスピードに追いつかず、M&Aなどの力を総動員して企業の持続的成長を図る必要性が増してきた。
海外のそれぞれの地域のマーケットを知らないと、地元の競合やグローバルブランドに対抗できない。また、サービスとシナジーがでる部分の自社製品や強みを持つ分野へと強化する場合、R&Dから始めていてはとてもマーケットウィンドウにマッチしたものは提供できない。
したがって海外ローカル市場のノウハウの獲得、製品開発の迅速化という2つの目的で、M&Aという事業成長の選択肢をとらざるを得ない環境となったのである。
5 ダイナミックなB/S、P/L管理を自らの手で
この環境下では、投資・資産戦略と財務・資本戦略を有機的かつタイムリーに駆使してゆく能力が求められる。従来の定性的なもの(結果集計や資金調達など)ではないダイナミックなB/S、P/L管理である。
この際、外部のコンサルタントやM&Aエージェントに任せ切りにしてしまうと、彼らは自社の経営者ではないので、決定的な判断を見誤るリスクが出てきてしまうのである。
通常、M&Aによる事業統合は、(1) 今後の戦略的企業ビジョン(成長戦略)の策定、(2) ターゲット企業の選定と評価、(3) M&Aディールプロセスの実行、(4) 統合後の仕事やプロセス、システムの標準化、(5) 統合後の事業成長施策の実行、という過程を経る。
これらは膨大な作業量であり、外部のエージェントを使っても多くは分業制となり、プロセス全体を俯瞰しながらEND to ENDを見る責任者が内部にも外部にも不在というケースが多い。
特に、経営の4象限を理解しながら、全体を俯瞰できる立場は経営者のみである。経営者は常に投資とリターンの数々の施策の優先順位を都度迅速に判断し、実行していかねばならない。
例えCFOがM&AやPMI(経営統合)の実行責任者であっても、その意味を熟知した上で、マーケットウィンドウを睨みながら臨機応変に指示を出してゆくのは経営者自身であるべきである。
好き嫌いにかかわらず、あるサイズ以上の企業経営はグローバルで複雑なステージにすでに突入してしまっているのである。これからの経営者の能力として、経営の4象限をかなり深く理解し、外部業者を使いこなす必要性が以前より格段に増しているのは、このような背景からである。
6 コンサルティング業と実業経営の違い
さてここでクライアントの話に戻るが、このような専門的な技術と経験に熟達し経営の4象限を熟知しているものの、自ら実業の経営経験が無いコンサルファームのパートナークラスの方々から、事業会社の社長のポジションを探してほしい、という依頼を受けることが多い。
我々もこのような要望には、どう対応するか苦心する。なぜなら、経営はそれぞれの専門性のコアな部分を熟知した上での「総合格闘技」だからである。
例えば、ゴルフの名コーチが、スイングやコースマネジメントにいかに卓越していても、彼がマスターズに勝てるか? というと、答えは否である。マスターズの勝者たちは、ほとんど例外なく、2位で惜敗する経験を何度かしている。大会4日間にわたり、それぞれのシチュエーションで最善の施策を手順前後なく繰り出し、その結果の責任を負うという経験の積み重ねが必要なのだ。
同じように、経営のコーチであるコンサルティングファームのパートナーと実業経営者にはかなり隔たりがある。
多くの場合、経営者は互いに利害の相反する施策の優先順位を決断し、何度かの失敗を経験し、多くの経営の因果律を学んでいく。これらはMBAスクールのケースで疑似体験はできるが、これはあくまで座学である。また、経営コンサルティングと経営は、木刀での練習と真剣での勝負ほどの差がある。
では、コンサルファーム出身者で実業の経験もあればベターとも言えるかもしれない。だが、言い訳のできない「立場」というものが重要で、代表権を持つ立場と取締役副社長とは、社内外の風圧を一身に受け責任を取る、という意味で雲泥の差がある。
代表取締役の経験が無ければ、やはり、規模は小さくとも代表の経験をし、ぎりぎりとキャッシュを積み上げながら組織を大きくする経験が必要で、その後だんだんと大きさの違う組織の経営を学んでゆくことが必要ではないか、と私は考えている。
7 最初の社長業は40前後で経験するのが望ましい
さて、これからの日本の経営者には、プロパーで徐々に立場を築き、とうとう社長に上り詰めたというドメスティック・シングルタイプではなく、いくつかの企業規模、成長ステージ、対象業種、国産、外資など、違う企業経営の経験、いわゆるグローバル・マルチタイプの経営者が望ましい。
そのためには少なくとも40前後で最初の社長業を経験するのが望ましい。ただし、これは今の日本の現状を考えるとかなり特殊なケースと言える。
本来は「世界に通用するプロの経営者を日本から輩出する」という国家的戦略とそれをサポートする社会的なインフラの整備の双方が必要なのだが、富も教育も人材も大きく二極化し始めている現代の日本ではなかなか難しいことなのかもしれない。
「リーダー」としては、さまざまな人材が、さまざまな局面で必要だが、経営者はそう多く必要なわけではない。限られた有能な人材を集中的に育てるという発想が必要だ。
8 日本は本来の「エリート教育」を真剣に見直すべき
最後に、昔はあったようだが、現代失ってしまっているものについて触れたい。一言で表現すると「日本人としてのビジョンと矜持」である。
世界のどのレベルの方と話しても、ある水準のマナー、教養を身につけ、日本の立場や信条を伝えることができ、「リーダーとしての矜持」で意気投合することのできる深い人間性、これらは時代や職業を問わず、万国共通の資質である。
そういう人脈をグローバルに広げてゆける人材が必要だ。日本は本来の意味での「エリート教育」を真剣に見直す時期にきている、と私は考えている。
そもそもリーダーや経営者たるもの何のために存在しているのか? これを深く考える必要がある。でないと、いつまでたっても、日本には「プロの経営者市場」は誕生しない。
日本の経営者がグローバルブランドの有名外資系企業のヘッドクォーターのトップが勤められて、初めて日本から「グローバル人材」という、海外ではあまり聞かれない表現が無くなるのではないだろうか。
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