たかが服装、されど服装である・・・
何か最近、バリっとした紳士に出会うことが少ない様に思える。バリっとしていないだけならまだ許せる。言いたくはないが、陰気で清潔感に欠ける中年、壮年が、ご婦人方やご老人を尻目に我先に電車の席を占領して何食わぬ顔をしている、という光景も散見される。
「人はそれほど気にして見てはいないだろう」と思い込んでいる人が意外に多い。しかしながら、見ているのである。「人は見た目が九割」という本が流行ったことがあるが、全体的な印象、物腰、内面から醸し出される品格を含め、それはYESである。いやしくも、人の上に立とうというグローバルな経営幹部諸兄であれば、セオリーを押さえ、それを個性化して、是非、「自分なりのスタイルの確立」にチャレンジしてもらいたいものである。
まず、我々や経営幹部がお会いする一時間の面談で候補者の何が判断できるか?である。輝くような個性あるいは圧倒的な能力や実績があれば、かなり個性的なコスチュームも許されかも知れない。が、大方の凡夫にとって、服装はやはり重要である。個性的というスタイルは、まず「基本のセオリーを徹底的に学んだ」後、自分なりの崩しを覚えるべきものである。服装とは本来相手への敬意の現れである、と同時に仕事の戦闘服でもあり、気分を引き締める役割がある。文字通り、「生きるスタイル」としての服装。ジェントリー(騎士道精神)という概念と服装は深く結びついている。例えば、どこかの親しいファミリーの家族パーティに招かれたとしよう。どうぞカジュアルでという案内に従って、ジーンズとTシャツで伺うのと、キチンとコーディネートされた服装で伺うのでは、招いた側の奥様の気分は明らかに異なるだろう。何故なら、それだけ大切な席だという敬意が服装で表現されるからに他ならない。
紳士にとって本当のお洒落とは、どこと言って目立っている訳ではないのに、全体を見回してみると、何とも言えない調和感を醸し出している・・・。「静かな調和と気品」というのだろうか?
私見ではあるが、独断と偏見で、エクゼクティブとしてのNG例を挙げてみよう。
まず、第一の鉄則がある。特にビジネスで対外的に人に会う場合、先方よりもドレスダウンは基本的には許されない。クールビス一般化した様に感ずる昨今だが、クールビスの推進者だが古風な考えを持つエクゼクティブ程、この点気にする様だ。特に目下の方々は要注意である。その他、以下に列記。
・自分の体系に合わない服装、姿勢の重要性。(小さ過ぎる、大き過ぎるスーツはNG。)
・質の良い仕立てのダークスーツと、ストレートチップの黒色のひも靴。
(あまり大胆なストライプ・スーツはNG)
・年齢に応じた色使いから逸脱していないこと。
・全体的な印象が清潔であること。爪を切る。歯を徹底的に磨く。ヘアスタイルは短めが基本。
少し長い場合にはうなじの処理は要警戒。何故なら体臭の多くは髪の毛から発する。
・ネクタイとワイシャツのカラー部分の三角形の形と色彩のバランス感。
(無地のブルー系、赤系、グレー系のネクタイは常備すると良い。)
・ポケットチーフはコーディネートされていれば可。
・すり減った汚れた靴。擦り切れたワイシャツの袖口はNG。
・ビジネスである限り、茶色、黒色のスーツは基本的にNG。
・時計やカフスは、地味だが品のある良いもの。(派手で大きすぎるもの、スポーツものはNG)
・オーデコロンをつける場合は、ビジネスに向く香りをチョイスし、少なめに・・・
などなど。
先程の、騎士道精神が紳士の基本である旨だが、ジェントリーは目には見えない大人の紳士としての「装い」なのである。従って、電車の中で寝込んでいるもの(これは安全を信じこんだ日本社会特有の現象である。)、マンガ本を読みふけっているもの、大きなイヤホンで音楽を聞きほうけているもの、すべてNGである。何故か?もし仮にレディや子供、ご老人などが何か窮地に立たされた時、即時に助けにゆく体制にないからである。外国に行くと、まだ子供の男子でさえ、驚くほどのジェントルマンシップを発揮できる教育を受けているのに驚くことがある。
翻って、自分自身はどうか・・・という危険に晒されていることは十分承知している。(笑)
が、最近の日本人男性は目に余る様な気がする。
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