先日、絵本作家、かこ さとし氏の生前最後のドキュメンタリーが放映された。その収録の2週間後に92歳で亡くなられたという。「こどもさんを侮るな」という終始一貫した哲学をお持ちで、人間、地球、宇宙、海などの特集では、捉えどころのない大きな対象を、膨大な量の情報を整理、体系化して、分かりやすい絵本にされている。難しい事を如何に易しく伝えられるかが、本来の教養である、とはある作家の言葉だが、なるほど、と唸るような大人の絵本である。子供は分からないと容赦が無く、分かるまで質問を続ける。分かるとビビッドな反応が返って来ると言う。だから誤魔化しがきかないのだそうだ。絵が細かく丁寧に描かれている。添えてある文も平易なひらがな文であるが、大変分かりやすい。それらを積み上げるとこの様な大作に結実するのか、と感銘した。
絵本の威力を実感する経験が乏しかった私は、平易で簡潔な表現と、何度見ても見飽きない詳細に描かれた絵との協奏関係と、それがもたらす説得力の高さに舌を巻いた。私が子供だったら、一気に読破した後、1ページ毎に本を閉じて空想するに違いない。興味あるものへの子供の集中力はすざましい。
かこさん自身理学博士なので、ストーリーが論理的かつ精密である。「人間」という本を手に取ってみる。広い宇宙の如何なる変化の中で地球が生まれたか、そこから如何に生命が誕生して来たのか、に本の約半分を割いている。その最後の最後の段階で人間の原型が現れて来たこと、大きな環境変化の中で何故生き残れたのか、その他は何故滅んでいったかも丁寧に描かれている。人体の解説では、構造やその分子レベルの未知の小宇宙にも言及されている。言わば、宇宙から地球、地球から人体、人体の小宇宙までを包括的に網羅している。宇宙からミクロの宇宙までの壮大なストーリー展開だ。
また、注目すべきは、人の心の精神史にも踏み込み、過去の遺産が引き継がれて来た部分と、何千年経っても進歩しない部分とが併存する事まで触れられている。こういうものに興味を抱く子供たちが、額に汗をかいて一日中読みふけっている姿が目に浮かぶ。これからを背負う子供たちへの、かこさんの愛情と信念が伝わって来るのである。昨今、現代人の精神的な成人は30歳などと言われる。そういう意味では、かこさんのいう子供さん達には、10台、20台の若者達も含まれ、彼らの教科書としても十分機能する絵本ではないか、と感ずる。
あとがきに、絵本で人間というものの総体を描きたいと思って描き始めたが、着想から結実まで17年もかかってしまい、皆さんにご迷惑をお掛けした、とユーモラスに語っている。また、人の一生はほんの一瞬の出来事だが、何億年もそうして来た様に、「生命の設計図」は子供達に連綿と継承され発展してゆく。従って無闇に死を恐れる必要は無い、という言葉を残されていた。世界がどうなろうと、脈々と受け継がれてゆく現在と将来の子供達の可能性へ、意味ある作品を残す事への意味と、かこさんの強い自負を感じた。
この様な日本人がまだいらしたのかという事と、明確な信念を長年守り貫いて絵本を書き続け、そのままゴールを切った一人の巨人の生き方に胸を突かれた。
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